手根管部の正中神経障害では、母指〜環指橈側の感覚や母指の対立に注目します。尺骨神経障害では、小指・環指尺側の感覚、指を開く・閉じる動き、紙をつまむ力が手掛かりです。ただし同じ神経でも障害部位によって症状は変わります。「つまみにくい」を対立・指先の屈曲・紙を挟む動作へ分け、感覚と枝分かれを重ねて考えましょう。[1, 2, 3]
| みる点 | 手根管部の正中神経障害 | 尺骨神経障害 |
|---|---|---|
| 手指の感覚 | 主に母指・示指・中指・環指橈側半分 | 主に小指・環指尺側半分 |
| 目立つ運動障害 | 母指の対立・掌側外転が弱くなる | 指を開く・閉じる動き、つまむ力が弱くなる |
| 進行した場合の形 | 母指球筋の萎縮、対立の障害 | 手内筋の萎縮、環指・小指のかぎ爪変形 |
| 局在を考える注意 | 母指球部の皮膚感覚は比較的保たれやすい | 肘か手首か、枝のどこかで症状は異なる |
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母指を 回り込ませる 動きと、 指先を 曲げる 動きは 違う
母指対立は、母指が手のひらの前へ回り込み、母指の腹を他の指の腹へ向かい合わせる動きです。筒を包むようにつかむと、母指は残りの指と向かい合います。正中神経が担う母指球筋の働きを考える入口になります。[1]
ここで混同しやすいのが、母指と示指の指先で輪を作るOKサインです。母指の途中のIP関節と、示指の先に近いDIP関節を曲げる力は、主に正中神経から前腕で分かれる前骨間神経が担います。前骨間神経麻痺では、この指先の屈曲が弱くなって輪がつぶれますが、皮膚の感覚障害は原則としてありません。[5]
輪の形だけで神経を決めず、どの関節をどう動かせないのかを確認します。対立もOKサインも正中神経に関係しますが、使う筋肉と、そこへ向かう枝は同じではありません。
尺骨神経麻痺では 形と 代償動作を 読む
指の付け根がMP関節、途中がPIP関節、先がDIP関節です。骨間筋・虫様筋には、付け根を曲げながら途中と先の関節を伸ばす働きがあります。尺骨神経障害で骨間筋と第3・第4虫様筋などが弱くなると、この釣り合いが崩れ、環指・小指は付け根が反り、途中と先が曲がったかぎ爪変形を呈し得ます。[3]
Froment徴候では、母指と示指で紙を挟む動作をみます。尺骨神経が支配する母指内転筋が弱いと、正中神経の前骨間神経が支配する長母指屈筋で補おうとして、母指IP関節が曲がります。尺骨神経の検査に正中神経の筋肉が出てくるのは、別の神経の筋肉が代償しているからです。[3] OKサインでは母指IP関節を曲げる力の低下、Froment徴候ではその力による代償を見ます。
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| 動作 | まず観察する場所 | 主に確かめる働き |
|---|---|---|
| 母指対立 | 母指の腹が他の指の腹と向かい合うか | 母指を回り込ませる母指球筋の働き |
| OKサイン | 母指IP・示指DIPが曲がり、指先で輪を作れるか | 前骨間神経が支配する長母指屈筋・深指屈筋の一部 |
| Froment徴候 | 紙を挟んで引かれたとき、母指IPが曲がるか | 母指内転筋の弱さを長母指屈筋で補っていないか |
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動きに 感覚の 分布を 重ね、 狭い通り道へ 戻る
動きの違いが分かったら、神経がどこを通り、どこで枝を出すかに戻ります。正中神経は手首で手根管を通ります。手根骨と横手根靱帯などで囲まれた空間で、内圧の上昇によって神経が圧迫されるのが手根管症候群です。一方、尺骨神経は肘の内側で圧迫や牽引を受けると肘部管症候群を起こします。手首のギヨン管でも障害され得るので、「尺骨神経麻痺=肘部管」とは限りません。[1, 2, 3]
手根管症候群で母指球部の皮膚感覚が保たれやすいのは、この部分を担う掌側皮枝が手根管を通らないためです。母指球の「筋肉の働き」と、その上の「皮膚の感覚」は、同じ場所に見えても神経の通り道が違います。[6]
絞扼部を軽くたたくと末梢の支配領域へしびれが響くTinel徴候も、通り道と症状をつなぐ所見です。陽性だけで診断や神経断裂が確定するわけではなく、分布・筋力・経過と合わせて判断します。
確認問題: 理由まで 説明できるか
外傷でも、 症状の 分布と 傷の 位置が 合うかを みる
手首付近の創と指先の感覚消失があれば、神経損傷を疑う重要な所見です。ただし「指先」とだけわかっても、正中神経か尺骨神経か、断裂しているのかまでは決まりません。どの指のどの面か、腱の働きはどうか、創と神経の位置が一致するかを確かめます。
また、手首付近の橈骨神経浅枝の損傷は、上腕の橈骨神経損傷と同じ下垂手を起こすわけではありません。病名から症状を丸ごと連想するより、「損傷部位より手前で、すでにどの枝が分かれたか」と戻って考えると迷いが減ります。
発展: 症状から 考えた 区間を 神経伝導検査で 調べる
例えば、小指・環指尺側のしびれと骨間筋の弱さがあれば、尺骨神経の障害を考えます。ただし、その情報だけでは肘と手首を分けきれません。肘部管の障害を疑えば肘をまたぐ区間を評価するなど、症状から立てた局在の仮説に合わせて刺激・記録する場所を選びます。[2, 3, 4]
絞扼によって髄鞘の障害や軸索障害が生じると、電気刺激への応答が変わります。運動神経伝導検査では神経を刺激し、その神経に支配される筋から複合筋活動電位(CMAP、M波)を記録します。CMAPは神経そのものの電位ではなく、多くの筋線維の応答の合計です。[4]
二つの潜時を引くと、区間の時間が残る
潜時は、刺激してから筋の応答が始まるまでの時間です。図2では記録する筋を変えず、同じ神経の近位と遠位をそれぞれ刺激します。近位刺激では、遠位刺激と共通する道のりに加えて、二つの刺激点の間も伝わります。近位の潜時から遠位の潜時を引けば、共通部分にかかった時間を差し引けます。
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潜時の差:6.0 ms − 2.5 ms = 3.5 ms
伝導速度:175 mm ÷ 3.5 ms = 50 mm/ms = 50 m/s
1 mm=0.001 m、1 ms=0.001秒なので、mm/msとm/sでは数値が同じになります。
この値は二つの刺激点の間の区間を測る計算例です。前腕の運動神経伝導速度が正常でも、手根管症候群は否定できません。手根管部では遠位潜時や感覚神経の比較などが重要で、肘部管症候群では肘をまたぐ区間も評価します。実際の正常範囲は神経、測定区間、年齢、皮膚温などに依存するので、「50 m/sなら全て正常」とは判断しません。
波形の遅れ・広がり・大きさを分ける
波形では、応答が始まる時刻、横方向の広がり、電位の大きさを分けて見ます。図2では時刻の差を使いました。図3では幅と大きさを、近位刺激と遠位刺激で比べます。
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| 所見 | 何が起きているか | 読み違えやすい点 |
|---|---|---|
| 伝導遅延 | 刺激が届くまでの時間が延びる | 潜時・速度を、検査した区間と対応させる |
| 時間的分散 | 線維ごとの到着時刻がばらつき、応答が広がる | 波形の幅や形もみる。振幅だけに注目しない |
| 伝導ブロックを疑う所見 | 近位刺激時のCMAPが、遠位刺激時より小さくなる | 時間的分散・技術要因による低下も評価し、振幅・面積などの基準で判断する |
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一つの波形の振幅が低いだけで「伝導ブロック」とは呼べません。軸索の減少でも低くなり、時間的分散による位相の打ち消しや刺激条件も影響します。検査は、近位と遠位の比較、感覚神経の所見、必要に応じた針筋電図などを合わせて解釈します。[4]
「つまみにくい」を動作へ分けると、筋肉が見えます。感覚の分布と枝分かれを重ねると、傷んだ場所の仮説が立ちます。潜時・幅・大きさは、その場所を調べた記録として読む数字です。症状と検査をこの順番で結ぶと、一つの徴候や数値だけで神経全体の状態を決めずに考えられます。
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参考文献
記事の根拠や詳しい内容を確認できる資料です。
- AAOS OrthoInfo. Carpal Tunnel Syndrome.
- 日本整形外科学会「肘部管症候群」
- 日本整形外科学会「尺骨神経麻痺」
- 「手根管症候群」臨床神経生理学 2017;45(1):59–64.
- 日本整形外科学会「前骨間神経麻痺と後骨間神経麻痺」
- Jeong HM, Jeong YH, Yoon JS. Is Palmar Cutaneous Branch of the Median Nerve More Swollen in Carpal Tunnel Syndrome? Ann Rehabil Med. 2021;45(4):325–330. doi:10.5535/arm.21101.