111PM098|第111回 看護師国家試験 過去問

次の文を読み97〜99の問いに答えよ。Aさん(82歳、女性)は息子(57歳、会社員)と息子の妻(55歳、パート勤務)との3人暮らし。3年前に Alzheimer〈アルツハイマー〉型認知症 Alzheimer disease と診断され、認知症高齢者の日常生活自立度判定基準Ⅱb、要介護2である。Aさんの介護は、主に息子の妻が行っていた。Aさんは、声かけがあれば日常生活動作〈ADL〉を自分で行うことができた。しかし、Aさんは徐々に認知症が重度化し、1人で外出すると帰ってくることができなくなり、夜間に落ちつきなく動き回ることが多くなった。息子と息子の妻はAさんの介護について介護支援専門員に相談していたが、息子の妻は睡眠不足となり、体調を崩してしまった。そのため、Aさんは介護老人保健施設に入所することになった。入所した日の夕方、Aさんは自分の荷物をまとめて「夕食を作らなければいけないので、家に帰ります」と施設内を歩いている。Aさんへの看護師の対応で適切なのはどれか。

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正解: 2

正答

2.「椅子に座ってお話ししませんか」

この問題のポイント

アルツハイマー型認知症のAさんが、介護老人保健施設に入所した日の夕方に荷物をまとめ、「家に帰ります」と施設内を歩いています。この場面で看護師が行う適切な声かけを選ぶ問題です。手がかりは「入所した日」「夕方」「夕食を作らなければ」という言葉で、ここから環境の変化による不安、夕暮れ症候群、家族の食事を担ってきた役割意識が行動の背景にあると読み取ります。そのうえで、否定・説得・制止をせず、気持ちを受け止めて安心につなげる対応を選べるかが問われています。

解説

事例の整理

  • Aさんは82歳の女性で、3年前にアルツハイマー型認知症と診断されています。認知症高齢者の日常生活自立度Ⅱb、要介護2で、声かけがあればADLを自分で行うことができていました。
  • その後、認知症は重度化しました。1人で外出すると帰ってこられない(場所の見当識障害などによると考えられます)、夜間に落ち着きなく動き回る、といった状態がみられるようになりました。
  • 息子夫婦は介護支援専門員に相談していました。しかし主介護者である息子の妻が睡眠不足で体調を崩したため、Aさんは介護老人保健施設に入所しました。介護老人保健施設は介護保険法に基づく施設で、医学的管理の下で介護や機能訓練を行い、在宅復帰を支援します。
  • 入所当日の夕方、Aさんは荷物をまとめ、「夕食を作らなければいけないので、家に帰ります」と言って施設内を歩いています。

自立度Ⅱbは、日常生活に支障をきたす症状・行動や意思疎通の困難さが家庭内でも多少みられるものの、誰かが注意していれば自立できる状態を指します。入所当日の場面でも、Aさんは帰りたい理由を自分の言葉で伝えています。看護師の言葉かけしだいで、安心にも混乱にもつながりうる状態です。

行動の背景を考える

  • 環境の変化:入所当日のAさんは、見慣れない場所で知らない人に囲まれています。記憶障害のため、なぜここにいるのかを覚えていない、あるいは理解できていない可能性があります。住み慣れた環境から移ることで混乱や不安が強まり、心身に悪影響が出ることをリロケーションダメージ(リロケーションショック)といいます。
  • 時間帯:夕方になると落ち着かなくなり、帰宅願望や歩き回る行動が増える現象を夕暮れ症候群(日没症候群)といいます。周囲が薄暗くなることや一日の疲れなどが関係すると考えられています。
  • 本人の役割意識:「夕食を作らなければ」という言葉からは、家族の食事を作る役割を担ってきたことや、家族を気遣う気持ちがうかがえます。本人にとっては筋の通った「帰る理由」があるのです。

帰宅願望や歩き回る行動は、認知症の**行動・心理症状(BPSD)**に含まれます。BPSDは、記憶障害や見当識障害などの中核症状を土台として出現・増悪します。そこに不安などの心理状態、身体の不調、環境、周囲の関わり方が影響します。そのため、関わり方や環境を工夫することで軽減が期待できる症状です。

対応の原則

認知症ケアの基本は2つの考え方です。1つは本人の立場に立って考えるパーソン・センタード・ケア、もう1つは言動の背景にある感情を否定せず受け止めるバリデーションです。具体的には次の流れで関わります。

  • 否定・説得・制止をしません。記憶障害のある人に事実を突きつけても納得は得られにくいです。「わかってもらえない」という不安や怒りが増して、行動がかえって強まります。
  • そばに寄り添い、落ち着ける場所へ誘います。歩き続けているときは、まず横に並んで一緒に歩きます。目線を合わせて穏やかに声をかけ、座って話せる場をつくります。
  • 気持ちを受け止めます。夕食の支度や家族のことを語ってもらい、家族のために食事を作ってきたことをねぎらいます。
  • 安心できたら、注意を穏やかに切り替えます。お茶を勧める、夕食の話題から施設の食事へ自然につなぐ、などの方法があります。

あわせて環境も整えます。帰宅願望や夜間の不穏の予防には、次のような工夫が役立ちます。夕方は早めに照明を明るくする、使い慣れた物や家族の写真を身近に置く、日中の活動と休息のリズムを整えて夜間の睡眠を促す、などです。家族から生活歴(夕方の過ごし方、好きな話題など)を聞き取っておくと、本人に合った声かけや役割づくりに生かせます。

4つの選択肢を比べます。選択肢1は訴えに応えず関心を他へそらし、選択肢3は事実を突きつけて思いを否定し、選択肢4は行動を禁止しています。これに対して選択肢2は、Aさんの行動を否定せずに誘いかけ、看護師自身が向き合って話を聴く場をつくる声かけです。訴えを受け止める関わりの入り口として、最も適切です。

選択肢の確認

1.「他の入所者と話をしましょう」:Aさんの「夕食を作らなければ」という訴えに応えていません。看護師自身が話を聴く代わりに、関心を他へ向けさせようとする声かけです。入所初日でまだ馴染みの関係がない段階では、知らない人との会話がかえって緊張や不安を強めることがあります。施設に慣れた後であれば、他の入所者と一緒に役割を担う活動(配膳の手伝いや調理のレクリエーションなど)への誘いが、居場所づくりとして有効な場合もあります。しかし、帰宅を訴えているこの場面で最初に行う対応ではありません。

2.「椅子に座ってお話ししませんか」:正答。歩き回る行動を否定も禁止もせず、誘いかける形で、一緒に座って話を聴く場へ導く声かけです。応じるかどうかを本人にゆだねるため、自尊心を傷つけにくくなります。向き合って話すなかで帰りたい理由や不安を表出してもらい、その気持ちを受け止めて安心感につなげられます。座ることで疲労や転倒の危険を減らせる点でも、この場面にふさわしい対応です。

3.「入所中なので家には帰れません」:記憶障害や見当識障害のあるAさんに、入所という事実を突きつけて思いを否定する言葉です。本人は入所の経緯を覚えていない可能性があります。「なぜ帰れないのか」「閉じ込められた」と感じて、不安や怒り、帰宅願望の増悪を招きやすくなります。現実を正しく伝えることが誠実な対応だと取り違えやすい選択肢です。現実見当識訓練(リアリティ・オリエンテーション)は、日付や場所などの情報を日常の会話や掲示で穏やかに繰り返し伝え、見当識を補う方法です。本人の訴えを正論で打ち消すこととは異なります。

4.「歩くのは危ないのでやめましょう」:歩く行動そのものを言葉で禁止しており、帰りたい気持ちの背景に目を向けていません。言葉で行動を抑えつけることはスピーチロック(言葉による拘束)と呼ばれます。本人の尊厳を損ない、不安や抵抗を強める原因になります。転倒への配慮自体は必要ですが、その方法は行動を禁じることではありません。付き添う、履物や床の環境を整える、休める場所を用意するといった方法で安全を確保します。

覚えるポイント

  • 認知症の人の帰宅願望や歩き回る行動には、不安、役割意識、環境の変化など本人なりの理由があります。否定・説得・制止をせず、寄り添って気持ちを受け止めます。声かけは禁止ではなく、誘いや提案の形にします。
  • 夕暮れ症候群(夕方の不穏)と、入所・転居によるリロケーションダメージは頻出の背景要因です。入所直後や夕方は特に丁寧に関わります。
  • BPSDは中核症状を土台に、心理・身体・環境の要因や周囲の関わり方が加わって生じます。そのため、関わり方と環境調整で軽減が期待できます。
  • 認知症高齢者の日常生活自立度判定基準は次のとおりです。
    Ⅰはほぼ自立。
    Ⅱは誰かが注意していれば自立(Ⅱaは家庭外、Ⅱbは家庭内でも症状がみられる)。
    Ⅲは介護を必要とする(Ⅲaは日中中心、Ⅲbは夜間中心)。
    Ⅳは症状が頻繁にみられ、常に介護を必要とする。
    Mは著しい精神症状や周辺症状、重篤な身体疾患がみられ、専門医療を必要とする。
  • パーソン・センタード・ケア(キットウッドが提唱)、バリデーション(フェイルが提唱)、ユマニチュード(見る・話す・触れる・立つ)は、いずれも本人の視点と尊厳を重視するケアの考え方です。現実見当識訓練は情報を穏やかに補う方法で、事実を突きつけることではありません。
  • 言葉で行動を制限するスピーチロックは、身体拘束(フィジカルロック)、薬物による過度の鎮静(ドラッグロック)とあわせて「3つのロック」と呼ばれ、避けるべき関わりです。

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