50G42|第50回 美容師国家試験 過去問
文化論及び美容技術理論美容文化論洋装・ファッションの歴史
近代の服装に関する次の記述のうち、誤っているものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正答
2
この問題のポイント
近代日本の服装の洋風化の流れが問われています。
解説
日本の洋装化は直線的に進んだわけではなく、時代の思潮によって揺れ動きました。
- 明治維新後……服飾の洋風化が文明開化のシンボルとされ、政府も洋装を奨励しました。鹿鳴館時代には上流階級の女性が洋装をまといました。
- 日清戦争頃(1894〜1895年)……国粋主義が台頭し、行き過ぎた欧化への反動から洋装化はむしろ後退しました。和装への回帰がみられます。
- 関東大震災(1923年)以降……避難時の動きやすさから洋装の利点が認識され、女性の間で洋装が定着しました。
- 大正末頃……セーラー服とスカートが女学生の制服として採用され始めました。
美容師国試ではここを押さえる
洋装化の転機は関東大震災です。
日清戦争頃は国粋主義の高まりで洋装が後退した時期、と覚えます。
選択肢の確認
1.明治維新後には、服飾の洋風化が文明開化のシンボルとされた。
記述としては正しい。
洋装は文明開化の象徴とされました。
2.日清戦争頃に国粋主義が台頭し、洋装化がさらに進んだ。
正答。記述としては誤り。
国粋主義の台頭により、洋装化はむしろ後退しました。
3.関東大震災以降に、女性の間で洋装が定着した。
記述としては正しい。
震災を機に洋装の実用性が認識され、定着しました。
4.大正末頃から、セーラー服とスカートが女学生の制服として採用された。
記述としては正しい。
大正末頃から女学生の制服として広まりました。
覚えるポイント
- 明治維新後……洋装は文明開化のシンボル。
- 日清戦争頃……国粋主義により洋装化が後退。
- 関東大震災以降に女性の洋装が定着。
- 大正末頃……セーラー服が女学生の制服に。