第109回
109AM048|第109回 保健師国家試験 過去問
次の文を読み47~49の問いに答えよ。製造業のA社は従業員500名、平均年齢42歳である。高年齢労働者は現在20名だが、会社は高年齢労働者の活用を進めていく方針である。製造現場で働く従業員(63歳、男性)が工場内の通路で転倒する事故が起きた。事故後に、A社の保健師が安全管理者と面談した。安全管理者は「怪我が大したことなくてよかったが、どこで転ぶか分からないから怖い。貼り紙など注意喚起を行ってきたのに事故が起きた。高年齢労働者を製造現場で働かせるのは不安だ」と保健師に話した。A社の保健師は、今後の事故予防の参考にするため高年齢労働者の数名に話を聞いた。「機器の警告音には注意している」「棚の影となる部分が暗く見づらい」「年齢だけで特別扱いはされたくない」「上司に会うたびに体調確認されるが、体調が悪ければ自分で伝える」という思いが聴取された。高年齢労働者の事故予防対策として、保健師が会社に提案することで適切なのはどれか。
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正解2
正答
2.照明を増設する必要性を確認する。
この問題のポイント
高年齢労働者の転倒事故のあとに、産業保健師が会社にどのような予防策を提案するかを問う問題です。聴取した4つの声のうち、職場環境の具体的な問題を示しているのは「棚の影となる部分が暗く見づらい」です。これを加齢による視覚機能の変化と結びつけ、照明環境を評価する対策を選びます。貼り紙による注意喚起から環境改善へ発想を切り替えること、「特別扱いされたくない」という本人の思いに配慮することも判断の鍵になります。
解説
事例から読み取る手がかり
A社の高年齢労働者は現在20名ですが、会社は今後その活用を進める方針です。したがって今回の事故への対応は個人への対処で終わらせず、これから増える高年齢労働者が安全に働ける職場づくりにつなげる必要があります。背景として、高年齢者雇用安定法では65歳までの雇用確保措置が事業主の義務とされ、2021年からは70歳までの就業機会確保が努力義務になっています。
安全管理者は「貼り紙など注意喚起を行ってきたのに事故が起きた」と話しています。ここに、労働者の注意力に頼る対策の限界が表れています。保健師は現場で働く高年齢労働者から直接話を聞いており、その声は次のように読み取れます。
- 「機器の警告音には注意している」:今の警告音は聞き取れており、変更の必要は示されていません。
- 「棚の影となる部分が暗く見づらい」:環境に具体的な問題があることを示す訴えです。転倒が起きた通路の状況とも結びつきます。
- 「年齢だけで特別扱いはされたくない」:年齢で区別する対策より、誰にとっても働きやすくなる対策のほうが受け入れられやすいことを示します。
- 「上司に会うたびに体調確認される…」:確認の方法に負担を感じていることを示します。ただし、体調の把握そのものが不要だという根拠にはなりません。
加齢による視覚の変化と転倒
加齢に伴い、瞳孔が小さくなり(老人性縮瞳)、水晶体が黄色く濁ってくるため、網膜に届く光の量が減ります。そのため若い人と同じ明るさでも暗く感じ、暗い場所に目が慣れる暗順応にも時間がかかります。水晶体の混濁で光が散乱しやすくなるので、まぶしさ(グレア)にも弱くなり、明暗差の大きい場所では影の部分がいっそう見えにくくなります。コントラスト感度も低下するため、床の段差や置かれた物、通路の境目に気づきにくくなります。これに下肢筋力やバランス機能の低下が重なると、つまずきから転倒に至りやすくなります。
労働者死傷病報告に基づく労働災害統計でも、事故の型別では「転倒」が最も多く、年齢が上がるほど発生率が高くなり、休業も長引きやすい傾向があります。高年齢労働者の転倒予防は、産業保健の重要な課題です。
注意喚起から環境の改善へ
労働災害の防止では、危険そのものをなくす対策や、設備で危険を減らす対策を優先します。教育や表示などの管理的対策は、それを補うものと位置づけます。貼り紙は見る人の注意力に頼る方法であり、暗くて見えにくい場所ではそもそも効果が上がりません。照明の改善は、見えにくさという原因に直接働きかける環境側の対策です。しかも照度の確保は全従業員の安全に役立つため、「特別扱いされたくない」という思いとも両立します。
正答が「照明を増設する」ではなく「増設する必要性を確認する」となっている点も重要です。保健師は、訴えのあった場所の照度を照度計で測ったり、職場巡視で影ができる場所や照明の配置、まぶしさの有無を確かめたりします。そのうえで、根拠をもって安全管理者や衛生委員会に提案します。労働安全衛生規則には作業面の照度の最低基準(精密な作業で300ルクス以上など)がありますが、基準を満たしていても高年齢者には暗く感じられることがあります。単に明るくするだけでなく、影の出にくい配置やまぶしさへの配慮も含めて検討します。
国の指針との関係
厚生労働省は2020年に「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)」を示しました。事業者に求めた内容は、安全衛生管理体制の確立、職場環境の改善、健康や体力の状況の把握とそれに応じた対応、安全衛生教育などです。職場環境の改善の例として、次のようなものが挙げられています。
- 通路を含む作業場所の照度の確保
- 段差の解消や手すりの設置
- 聞き取りやすい中低音域の警報音や、視覚で確認できる警報の採用
- 作業ペースへの配慮
出題当時、これはガイドラインに基づく事業者の自主的な取組という位置づけでした。その後、2025年の労働安全衛生法改正で、高年齢者の労働災害防止に必要な措置が事業者の努力義務として法律に規定されています。
選択肢の確認
1.警告音の音域を高音設定にする。:加齢性難聴(老人性難聴)は両耳にほぼ対称に起こる感音難聴で、高音域から聞こえにくくなります。そのため高音に設定すると、かえって聞き逃しやすくなります。高年齢者に配慮するなら、年齢によらず聞き取りやすい中低音域の音にしたり、回転灯など視覚で確認できる警報を併用したりするのが適切です。加えて、今回の聴取では「警告音には注意している」とあり、警告音の問題は示されていません。聴取内容から離れた対策を提案している点でも適切ではありません。
2.照明を増設する必要性を確認する。:正答。「棚の影となる部分が暗く見づらい」という現場の訴えに直接応える対策で、加齢による視覚機能の低下と転倒の関係にも合っています。照度を測り、影やまぶしさの状況を確かめてから増設を検討するので、根拠に基づく提案になります。照明の改善は全従業員に役立ち、年齢による特別扱いにもなりません。
3.体調確認は自己申告を基本とする。:高年齢労働者の意見に沿った案に見えますが、加齢による体力や身体機能の変化は本人が自覚しにくいものです。また「特別扱いされたくない」という思いから、不調を申告しにくい面もあります。事業者には、労働者が安全に働けるよう配慮する義務があります(労働契約法第5条の安全配慮義務)。健康状態の把握を本人任せにすることは、事故予防の観点から適切ではありません。負担感に配慮するなら、会うたびに上司が確認するのをやめ、始業時など時機を決めて年齢を問わず全員に行うなど、確認の方法を工夫することが考えられます。
4.作業スピードは他の労働者と同じにする。:「特別扱いはされたくない」という声に応えたように見えますが、適切ではありません。加齢に伴う反応時間の延長やバランス機能の低下を考えずに同じ速さを求めると、焦りや疲労から事故の危険が高まります。高年齢者には、ゆとりのある作業スピードや、自分のペースで作業できる工夫が勧められています。ただし身体機能の個人差は大きいため、年齢で一律に扱うのではなく、一人ひとりの健康や体力の状況に応じて調整するのが基本です。
覚えるポイント
- 加齢による視覚の変化として、縮瞳や水晶体の混濁で網膜に届く光が減り、暗順応の遅れ、まぶしさへの弱さ、コントラスト感度の低下が起こります。対策は照度の確保と、影やまぶしさを抑えた照明の配置です。
- 加齢性難聴は高音域から低下します。警報音は中低音域にし、回転灯など視覚的な警報を併用します。
- 事故予防では、人の注意に頼る対策(貼り紙・注意喚起)より環境・設備の改善を優先します。全員に役立つ環境改善は、年齢による特別扱いを避けることにもつながります。
- 保健師の提案は、現場の声や職場巡視・照度測定などのアセスメントに基づいて行います。「必要性を確認する」は、アセスメントを踏まえて提案する姿勢を表しています。
- 高年齢労働者対策の基本はエイジフレンドリーガイドライン(厚生労働省、2020年)です。健康・体力の把握は本人任せにせず事業者が行い、作業は個人差に応じて調整します。
掲載内容は受験学習用に編集しています。正式な正答・採点上の取扱いは、各試験実施機関の発表を優先してください。情報の確認方法と訂正窓口は編集方針に掲載しています。本サービスは診断・治療・臨床判断を目的とするものではありません。
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