111PM042|第111回 看護師国家試験 過去問
Aさん(55歳、男性、会社員)は胃癌 gastric cancer の終末期である。Aさんの訴えのうちスピリチュアルペインの表出はどれか。
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正解: 4
正答
4.「これまでの自分の人生が意味のないものに思えます」
この問題のポイント
終末期患者の苦痛を、全人的苦痛(トータルペイン)の4つの側面に分類できるかを問う問題です。訴えの中心がどこにあるかを見分けます。「体の症状」なら身体的苦痛、「気持ちの反応」なら精神的苦痛、「生活・経済・役割」なら社会的苦痛、「自分の存在や生きる意味」ならスピリチュアルペインです。「人生が意味のないもの」という言葉は、生きてきた意味と自己の存在価値そのものへの問いであり、スピリチュアルペインの典型的な表出です。
解説
全人的苦痛(トータルペイン)とは
近代ホスピスの創始者シシリー・ソンダースは、終末期患者の苦痛は体の痛みだけではないと考えました。心、社会生活、魂の苦しみが互いに重なり合った「全人的苦痛」としてとらえることを提唱したのです。一般に次の4側面で整理します。
- 身体的苦痛:痛み、悪心・嘔吐、呼吸困難、倦怠感、食欲不振、不眠、日常生活動作の低下など
- 精神的苦痛:不安、恐れ、いらだち、怒り、抑うつ、孤独感など
- 社会的苦痛:仕事の問題、経済的問題、家庭内の役割の変化、人間関係、相続など
- スピリチュアルペイン:生きる意味や目的の喪失、自己の存在価値の揺らぎ、罪責感、「なぜ自分が」という問い、死後への恐れなど
WHO(世界保健機関)は2002年に緩和ケアを定義しました。そこでは、身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し、的確に評価して対応することが、緩和ケアの内容として明記されています。
スピリチュアルペインの特徴
スピリチュアルペインは、死を意識したときに生じる根源的な問いから起こる苦痛です。「自分とは何者か」「生きてきた意味は何だったのか」といった問いがこれにあたります。日本では村田久行が、これを「自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛」ととらえ、3つの次元で説明しています。
- 時間存在:将来を失うことで、今を生きる意味が見出せなくなる(「先がないのに何をしても無駄だ」)
- 関係存在:他者との関係が断たれることで、孤独や存在の空虚さを感じる(「一人で死んでいくのが寂しい」)
- 自律存在:自分でできることが減り、役に立たない、迷惑をかけていると感じる(「人の世話になってまで生きていたくない」)
スピリチュアルペインは宗教に限った問題ではありません。信仰の有無にかかわらず、誰にでも生じうる苦痛です。
Aさんの訴えの読み方
Aさんは55歳の会社員で、働き盛りの年代に終末期を迎えています。仕事や家族の支え手としての役割を担ってきた人が、その役割を果たせなくなり、死を意識しています。そのときに「これまでの自分の人生が意味のないものに思えます」と語るのは、過去の人生の価値そのものを問い直していることを意味します。これは症状への不安(精神的苦痛)や生活上の困りごと(社会的苦痛)ではなく、存在と意味に関わる訴えなので、スピリチュアルペインの表出と判断できます。
看護での関わり
スピリチュアルペインには、薬物療法のような決まった解決策はありません。「そんなことはありませんよ」とすぐに否定したり安易に励ましたりすると、患者は思いを語る機会を失ってしまいます。まずはそばにいて、沈黙も含めて傾聴し、言葉の背景にある思いを受け止めます。そのうえで、仕事や家族への思い、大切にしてきたことを一緒に振り返ります(ライフレビュー)。こうした関わりが、本人が自分の人生の意味や価値を再発見することを支えます。
また、4つの苦痛は互いに影響し合います。痛みや悪心が十分に緩和されていないと、不安や絶望感はいっそう強まります。そのため、身体症状の緩和は他の苦痛へのケアの土台になります。必要に応じて、医療ソーシャルワーカー、臨床心理士(公認心理師)、宗教家(チャプレン)など多職種と連携します。
選択肢の確認
1.「腹痛がずっと続いています」:がんの進行に伴う体の症状そのものの訴えであり、身体的苦痛にあたります。胃癌の終末期では、腫瘍の浸潤や腹膜播種などによって腹痛が持続することがあります。鎮痛薬を用いた疼痛緩和を最優先で検討すべき訴えです。持続する痛みは不眠や不安、生きる意欲の低下も招くため、他の苦痛を和らげるうえでも重要です。
2.「吐き気が続くと思うと不安です」:きっかけは吐き気という身体症状ですが、訴えの中心は「この先も続くのでは」という見通しへの不安、つまり感情の反応です。そのため精神的苦痛に分類します。吐き気そのものの訴えであれば身体的苦痛になるので、分類は「何に苦しんでいると語っているか」で判断します。制吐薬などで症状を和らげるとともに、症状は調整できることを説明し、不安を受け止める関わりが必要です。
3.「今後の生活にかかるお金が心配です」:生活費や療養費という経済上の問題への訴えであり、社会的苦痛にあたります。55歳の会社員であるAさんは、休職や退職による収入減、家族の生活への影響を抱えやすい立場です。医療ソーシャルワーカーと連携し、高額療養費制度や傷病手当金などの情報提供につなげます。また、40〜64歳の末期がん患者は、介護保険の第2号被保険者として特定疾病の要件を満たし、介護保険サービスを利用できます。
4.「これまでの自分の人生が意味のないものに思えます」:正答。自分が生きてきたことの意味や存在価値が揺らいでいることの表出であり、スピリチュアルペインにあたります。否定や励ましで返すのではなく、傾聴し、本人が大切にしてきたことを一緒に振り返る関わりが求められます。
覚えるポイント
- 全人的苦痛(トータルペイン)はソンダースが提唱した概念で、身体的・精神的・社会的・スピリチュアルの4側面から成ります。
- 見分けるキーワードは次のとおりです。身体的は「痛い・苦しい・だるい」、精神的は「不安・怖い・つらい気持ち」、社会的は「お金・仕事・家族の役割・相続」、スピリチュアルは「生きる意味がない・なぜ私が・役に立たない・死後どうなる」です。
- 症状がきっかけでも、訴えの中心が不安などの感情であれば精神的苦痛です。分類は「何に苦しんでいるか」で判断します。
- スピリチュアルペインは「自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛」であり、時間存在・関係存在・自律存在の3次元で整理されます。宗教の有無にかかわらず生じます。
- スピリチュアルペインへのケアは、否定や安易な励ましを避けた傾聴、そばにいること、人生の振り返りです。身体症状の緩和がすべてのケアの土台になります。
- 40〜64歳の末期がん患者は、介護保険の第2号被保険者として特定疾病に該当し、介護保険サービスを利用できます。
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